活動記録

2007年7月 

2007-7月山行Ⅰ

シンナソーはEmさんが前々からいきたいと思っていた沢だという。試しに、遡行図集を見るとなにやら興味深げな「騙されたと思って~」が目に留まる。即決で、沢に行くことに決定するが・・・。ネット情報を見るにつれて、なにやら怪しげな雰囲気が感じられた。
実際には、登りやすい滝ばかりであり、練習にはうってつけである。ただし、最後の3段15mは倒木に埋もれたのか確認できなかった。
最後に、リーダーが一言「やられた」とつぶやいていた。

つづら岩については、前日の降雨と当日の霧で、岩が湿っていて、4P繰り出して、いずれも完登することなく下山したが、いい練習になった。

2007-7月山行Ⅲ

 プレ北方稜線ということで、ヤブ山に行くこと自体は7月初旬から決定し、山域も決まっていた。しかし、米子沢の雪渓がまだ残っているとの指摘を受け順延となっていた。
 そして、いざ、米子沢へということになったのだが、前日の夜中から降り出した雨は、結局、26日一杯降ったりやんだりで止むことはなく、米子沢を断念することになった。いつもなら、雨でも、行くだけ行ってみるという方針のEmさんも、この日は早々に断念していた。見に行くだけ見に行くのではないかと思っていたので、少々意外だったが、判断の的確さに安心した。
この日は避難小屋で、雨がひどいため、早めに就寝した。
 翌日、曇であったが、予定通りヤブに突入。最初は、薄かったヤブも徐々に濃くなっていった。三石山先のコルは薄かったが、突如、「プヒー」という言葉とともに、いのししのようなものが顔をのぞかせる。猪かと思って、かなり慌てたが、何のことはなく、かわいいカモシカであり、こちらをちょっと見た後は、人の存在を気にすることもないように、颯爽と駆け去っていった。
 この日の肝はなんといっても、P1790の登りである。これまでとは、打って変わって猛烈なヤブとなり、途中から、Emさんにへばったのでトップを替わってもらった。三年として申し訳ない限りである。この日のルーファイの肝は1681からの下りである。視界は開けていたものの、尾根の派生方向の把握に手間取った。天気が悪ければなおさらのことだろう。
28日は、あろうことか、寝坊をしてしまった・・・。確かに、疲れていたものの、まさか、寝坊とは・・・。この日は、この遅れを取り返すべく、猛烈な勢いでヤブを漕ぐ。というわけにもいかなかったが、小沢岳から先は、獣道となっており、気分よく進むが、またしても、小沢先のコル付近で、その獣道の開拓者らしい方々とご対面する。それは、親子のクマだった。子熊は、リーダーが大声を張り上げるのにもかかわらず、稜線上へ駆け上がろうとしていた。子連れの熊は、敏感であり、非常に危険である。かなり、ヒヤヒヤしたが、笛を吹き鳴らすと、そのまま谷のほうへ行ってくれた。
 下津川山までの稜線は細くなっており、右側も切れ落ちているので慎重を要するところである。ただ、踏み後のようになっており、歩きやすい。尾根上の岩峰のような場所は、右側を巻くようにしていくが、石が脆く、浮石に要注意しなければならない。
 この日は、西本谷山の登りにかかるところから、それまで、崩れかけていた天気が、雨に変わって、高度を上げるに従い、その勢いを強めていき、非常につらかった。
 新潟県ほぼ全域に降った、この大雨のために、越後沢山への縦走は中止し、西本谷山に幕営するものの、風が非常に強く、何度もツエルトを張り直さざるを得なかった。明日も、大雨ということで、早めに下山することとする。
 29日は、西本谷山から下山したが、この登山道はあまり歩かれているようではなく、所々ガレており、注意を要した。
 登山口から、1時間ほどで、ダムに到着すると、うまいことヒッチハイクに成功し、三国ダム先のバス停まで送ってもらい、ダムの余熱で提供される温泉で汚れを落とし、下山した。
 当初の目的を達成し、また、多くの課題を見つけられ、いい山行になった。帰宅後の、悲劇を除いては・・・。

7/1に参加した第9回北丹沢12時間山岳耐久レースの結果です。

10月20日に行われる長谷川恒夫CUPの前哨戦として、参加してきました。
事前トレーニングは、5月に走った【高尾山~陣馬山】と【鴨沢~雲取山~石尾根】の2回のみ。
レース参加は初めてだったので、完走することを目標に、8時間を切れたらいいなと思い走ってきました。