活動記録
2007年-8月山行Ⅱ
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 成果:

8/18 晴
上高地バスターミナル 600
出発 630
R1
R2
横尾 905-20
槍沢ロッジ 1015
R1
R2
水俣乗越 1005-25
R1
北鎌沢出合 1550
設営完了 1615
水汲み(Emのみ) 1650-1710
就寝 1905

8/19 晴のち雨
起床 250
出発 430
R1
引き返し 540-600
北鎌沢コル 755-805
R1
独標直下 1025
R1
R2
北鎌平(天候ステイ) 1345-1445
大槍 1620
槍岳山荘 1640
設営完了 1715
就寝 1930

8/20 晴
起床 320
出発 525
R1
南岳 735
南岳小屋 745-55
R1
R2
北穂高岳 1130-45
R1
R2
涸沢岳 1350-1415
穂高小屋 1445
設営完了 1530
就寝 1900

8/21 霧雨のち晴
起床 230
出発 550
奥穂高岳 640-710
穂高小屋 755
天候ステイ 755-830
R1
R2
R3
林道出合 1230
新穂高温泉 1310
下山。


 18日、まったくさわやかでない、某信州号で、いつものごとく、上高地に到着する。眠気を覚ましながら行くが、体が重い感じがしている。と、上高地のキャンプ場の近くに熊が出る。しかし、皆黄色い声を出すばかりである。危険なのに・・・。いつもに比べ、上高地が異様なほどに暑い。帽子を被るのが遅かったせいもあり、直射日光で、頭がガンガンする。もともと、暑さには強いほうでないせいもあって、日射病のような症状を呈してしまい、ばてて、ペースを下げてしまう。これほどまでに、やられたのは初めてで、我ながらあきれ返った。おまけに、水俣乗越で足が引きつる。なさけない。なんとか、北鎌沢の出合に到着し、ツエルトの設営に手間取りながらも、沢の地形確認をし、早めに就寝とする。北鎌沢出合は、整備された幕営スペースが5張り分ほどあり、幕営しやすい。
 19日、前日確認したとおり、右俣を詰め始める。しかし、なかなか左俣と出会わない。おかしいと思っていると、リーダーからも同様の意見が出る。と、遠くに独標が見えてきた。明らかに、ルーファイミスである。左俣を詰めてしまっていた。20分ほど下り、右俣の出合を確認する。ブッシュとなっていてわかりにくくはなっていたが、初歩的なミスをやらかしてしまう。右俣は資料が言うほど稜線近くまで水が出ているということはなく、出合から登りだすとすぐに消えてしまう。降雨が少ないせいもあるのだろうが、あまり水は期待できない。
 稜線上は踏み跡をたどっていく。道ははっきりとしており、歩きやすい。独標のトラバースも切れ落ちてはいるものの、踏み跡は道といってもいいほどしっかりしており歩きやすい。トラバースに入る前に、朝、右俣で行き違ったおじさんが先行していく。このおじさんが、本当に早い。かなり先を先行したパーティを追い越すのが、独標先のコルから見えた。独標に出るには、トラバースし、直下から直登するのだが、この直登部分がはっきりとせず、リーダーの判断でトラバースを続ける。トラバースの先は独標の稜線直下に出ており、ここから稜線上をたどる。途中、天候が悪化し、スピードを速めるためにリーダが先行する。北鎌尾根の実際の核心はここからだといえる。踏み跡ははっきりとしなくなり、トラバース道がいくつもある。自分たちも、ここで、あまり踏まれていないトラバースを行き、きわどい浮石のトラバースをすることになる。
 北鎌平に近づくにつれ、再び、道がはっきりしはじめる。ただ、ここから先も、稜線上へ上がるべきだと思われるというところから先にも、道がついていてる。
 それとともに、北鎌平に近づくと、ゴロゴロといやな音が近づいてくる。見ると、黒い雲が近づいてくる。天気図で、気圧配置から、午後、天気が崩れると思われていたが、あったた。ためしに、北鎌平でラジオをつけると、「ザッ!ザッ!ザー」と雷接近の際、特有の雑音が入ってくる。有無を言わせずステイである。ラジオをつけながら、ステイする。先行パーティが一人、大槍手前で同じように天気待ちをしているが、20分ほどで再び登りだした。ラジオは甲子園の熱戦を伝えている。延長戦である。しかし、最後の最後で東東京代表の負けとなったところで、雑音がまばらになる。今がチャンス!とばかりに、大槍に向けて出発する。大槍までの登りは、ほとんど登りやすいが、一箇所、チムニーの部分が登りにくい。なんともなさそうだが、下のほうに手がかりが少なく、苦労する。ホールドを教えてもらい、力技で登る。そして、最後の岩を登り、遂に、大槍山頂である! が・・・、ここで、とんでもない現象に見舞われる。金属という金属が「ジージー」と音を発し、メットの下なのにわかるほど、すさまじい勢いで髪の毛が逆立っている! まさしく、話に聞く、落雷直前である! しかし、槍の頂上なので、逃げ場がない。一刻も早く下山すべく、鉄梯子に取り付くが、これも静電気を帯び、バチバチと音を発している...。何とか突破して、山荘に着く。結果、頂上滞在時間は30秒であった。
 21日、この日は北穂高経由で、穂高小屋を目指す。中岳直下、南岳側には立派な雪渓が残っており、溶け出した水が、十分汲めるほどに、流れている。
 南岳小屋で一息入れ、気合を入れた後に、大キレットの下りにかかる。道がざれていて、かなり手間取る。長谷川の頭を越え、北穂高岳山頂に至る。
 北穂高から、分岐点で涸沢側を行き、戻ると、同じ大学生と思われる、団体さんと出会う。ザックを見ると、室堂の荷物票がくくりつけられている。かなり長期間縦走しているらしい。奥壁バンドを通過し、その先の涸沢のコルで、先に行かせてもらう。ここからさきも、鎖、梯子が整備されている。彼沢岳に着き、頂上でゆったりとする。今日は、早めに就寝する。
 22日、昨日の天気図判断では、晴れるだろうとのことだったが、朝から、霧のため、出発を遅らせる。少し、晴れたところで出発するが、上に上がるにつれ、雨が降り出し、また、風も強くなる。奥穂頂上で天候待ちをするが、一向に好転せず、いったん、小屋まで降りる。
 その後、天候の好転を期待し、待機するが、まったく好転の兆しがないのと、天気図からしても、明日崩れると考えられたので、白出沢から下山する。ここの登山道は、上半部がガレ場であり、歩きづらくなっている。登山道も、注意していないとはずしてします。10時を回るころから、高度を下げたこともあり、天気が回復してくる。大滝前の登山道の入りがわかりにくく、判断に時間がかかったが、ここから先は、地形図で見るよりは、道がしっかりとしており、歩きやすくなっている。
 登山道から、林道に出て、復旧工事の現場を見ながら歩き、穂高温泉に到着した。
 
 今回の山行は、岩稜帯・バリエーションでの歩行・ルーファイの強化がなされ、教訓・反省も多く得られ、次回の山につながっていく、いい経験が出来たと思う。

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